私は農家が好きで農家に入ったわけではありません

今日のブログは昨日の続きです。

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私は農家が好きで農家に入ったわけではありません。好きか嫌いかわからないけど、
主人が農家の仕事をやらなくてもいいよといったので安心して農家の嫁になりました。

そのうちに、もちろん全て手伝う方向になります。嫌でも仕事が忙しく働く家族を見ていたら手伝わないわけにはいきません。

主人の母は、全関節リュウマチでそれでも働いていたし、手術後も少し休んでキウイのパック詰めに追われていました。

主人の母も頑張っていたし、手伝わなくては。と思いました。しかしどうしてここまで主人の母は痛い足を引きづってまで働くのか疑問でした。

私も当たり前に手伝い二人でキウイのパック詰め、交配、収穫、苗の植え替えと働きました。午後は主人の母を休ませ、私がやっていましたが、そのうち全関節リュウマチだった主人の母が度々倒れて入院を繰り返しました。

じいちゃんとばあちゃんの毎日の朝昼夜の食事づくり。キウイのパック詰め、子供が小さく思うように仕事も進まないし、、など本当に本当に大変で、髪の毛も伸びっぱなし、出かける、運動もする暇なく、ひたすら間に合わないパック詰めと、ばあちゃんの病院通いと家族の食事づくり。

本当に大変だった。辛くてかってに涙が出てきました。たぶん、こんなに私が辛く限界を感じてるとは誰も思っていなかっただろうな。あの当時は嫁は仕事を手伝うのが当たり前でしたから。

私、弱かったから誰にも言えなかった。親戚もいないし、北海道の母や姉に心配迷惑かけちゃいけないと思った。

じいちゃんの妹のおばさんも大好きだったけど、渋谷家の事を言っても私の見方にはなってもらえないとおもった。

家族への家事と農家の仕事と2歳と5歳の娘小さかった二人の子育の世話とそのうちに、スーパーからキウイパックのさいそくがきて、追いつかない。

もう心身の私の疲れの限界がきて、将来の楽しみや望みのない毎日が続く気持ちになってきました。そしてそして主人にこんなにボロボロになるまで働かせるならパート代下さい。とやっと、反抗の言葉を主人に言えました。

今までは、家族経営ですから家族で働ける分のいっぱいいっぱい働きその仕事量で販売している状態です。

本当にあの主人の母の介護と仕事、家事、子育て、全てひとりでやっていました。自分の限界があって、今があるんです。それぞれじいちゃんは自分で始めたキウイづくり。主人も自分で始めたシクラメンの花作り。自分はシンデレラの灰だらけの娘に見えてきました。生きがいの仕事ではなかった。

辛い日々はもう終わりにしよう!と決断し、自分のやりたい事をやる!と半ばキレモードで考え方を変えました。

でも私の支えになって渋谷家にたまに来ていたじいちゃんの妹のおばさん達にキウイ収穫や、野菜苗の販売のお手伝いもしてもらった。本当に助かりました。

何かあったらおばさんの面倒は私が見ますので安心してね。

ばあちゃんが回復して働き始めた時、私はお店をやりたいと家族にきりだしました。

主人の父、主人の母、主人から猛烈大反対されていましたが、かたくなに、認めてもらうために、キウイを売りました。

お祭りでは、いつもじいちゃんが7万円売るなら、私は8万円売ろうと頑張りました。

銀行の支店長のところにいき、お願いして販売先を探してもらいました。

今だったら知ってる支店長はいますがあの当時は普通の主婦ですから、緊張しながら、お伺いして販路をお願いしました。

お店のOKをじいちゃんにもらおうと必死に認めてもらうためにキウイを売った。

そして商談会に出てみよう。と言って主人と一緒に小さな農園が初めて参加。

キウイのパック詰めに追われながらも、子供は保育園に預け、製菓学校は毎週行ってケーキを勉強し、試作をしては試作をみてもらいに新宿の学校に週2回学校へいき、ケーキキッシュをつくっては先生にお願いして時間の合間を見て試作を見てもらいました。

先生にもお世話になりました。

3年くらいたった頃、日本が農業も六次産業化(生産から加工して販売)の政策を明確に進めて来ました。そして農協で行く研修は、六次産業をやっている農家、加工品のある直売、加工品があるサービスエリアをまわります。

そこでは女性が加工をしていますから、じいちゃんに関わらず年配の農家の主の考えに加工という隙間を与えてくれました。

そしてウーマノミクス。女性が生き生き働ける環境づくりを県がはじめました。この間対談した上田知事です。

起業す女性をバックアップしてくれる働きかけ。。
この2本立てで、ここ5年ガラッと変わったと思います。。
今は起業する女性は当たり前になりました。。

助かった。そしていまのキュイキュイをやりたいと言って頭を下げ続けやっと4年目じいちゃんは、さとる(主人)がいいと言うならいいぞ。と言って気持ち半分了承を得ました。

そして私が今までやっていた、農家の仕事キウイのパック詰め、苗の植え替えを友達にパートとして来てもらい覚えてもらいました。本当に友達に感謝。

今はキュイキュイもお手伝いしてくれています。本当にありがとうー!
そこからすぐに銀行に行き、お金をかり、農家の作業場を加工場にし、壁と塀は手作りのキュイキュイができました。

この2月でキュイキュイは3年がすぎました。
そして反対だったじいちゃんは、今は応援してくれています。シフォンケーキを買ってお土産に持って行ってくれる。

私はやっぱりじいちゃんが大好きです。
初めて渋谷家に遊びに来た時、主人よりじいちゃんを気に入ったのですから。

私は父がさ小学校の時からいません。
父親のいる家族に憧れました。
初めてじいちゃんにあった時、じいちゃんの作ったキウイと柿を剥いてくれました。
私は嬉しかったし感動しました。

ここには今まで私が感じることができなかった幸せがあるんだって。それで結婚を決めました。。
主人は、どっちでもよかった訳ではありませんが。笑。。

これからも、じいちゃんに心配かけないようにキュイキュイと家族と一緒に歩きつづけます。


じいちゃんの面倒は、私がみるからねーー!